小杉放菴は本名を国太郎といい、1881(明治14)年に日光で生まれました。 大正末から昭和初頭にかけての時期に、雅号を放庵(のちに放菴)と改めて、 次第に水墨と淡彩による表現への関心を深め、日本画の世界においても独自の 境地を創造しますが、晩年は新潟県赤倉の山荘に住んで、仙人になったと 評される生活を送り、1964(昭和39)年に 没しました。