大正15年三重県上野市(現在の伊賀上野市)生まれ。 京都大学文学部卒業。 旧制中学時代に書を松永楳園に、油絵を佐々木三郎に習う。 戦後、書を辻本史邑に、篆刻を梅舒適に師事。 昭和33年史邑の他界や書壇の体質・構造への疑問から すべての肩書きを返上して野に下った。 昭和56年、親の死去に伴い帰郷、山国の山中暮らしを続けている。 居を『草庵』と称し、門に『山居』の扁額をかける。 アトリエは『柝庵』と称す。